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静香(中後編)視点シリーズより

 再び喫茶店にもどる。
 俊彦がポケットに手を差し入れながら、
「実は……。受け取ってもらいたいものがあるんだ」
 と切り出した。
 それがエンゲージリングだと言う事は知っているが、
「あら、何かしら」
 とぼけた表情で尋ねてみる。
(やっと、決心したか)
 小包を差し出し、その蓋を開けて中の指輪を示した。
「指輪?」
「け、結婚してくれないか?」
 言った!
 ついにプロポーズした!!
 しかしすぐに答えては配慮が足りない。
「ん……」
 じっくり考える素振りを見せて、やがて尋ねる。
「浮気しない?」
 まあ、俊彦が浮気するような男ではないのは良く知っているが、静香として一応は
尋ねておくべきだと思った。
「し、しません!」
「絶対に?」
「絶対です」
「そう……」
 さらに悩んでいる素振り。
 そして切り出すのだ。
「いいわ。結婚してあげる」
「ほ、本当に?」
「ええ、本当よ。その指輪を」
 と、そっと左手を差し出した。
「え? あ、ああ……」
 俊彦は指輪を取り出して、その左手の薬指にはめる。
 緊張して手が震えている。
 ピッタリだった。
 そりゃそうだろう。
 前もってサイズを聞き出して教えてやったのだから。
 薬指にはまった指輪を手をかざして見つめてみる。
 細くて白い指先に、小さなダイヤが輝いていた。
 婚約指輪としては決して高価なものではないが、これでも安月給の俊彦がこの日の
ために、飲み会の誘いを断って貯金をし、半年の給料分を注ぎ込んだのである。精一
杯の真心といったところである。
 思い起こしてみれば、ここまでに至るには結構苦労したのだ。

 俊彦は結構奥手なところがある。
 自ら進んで女性と交際しようとはしなかった。
 それだからとピンクサロンとか誘って、女性との経験を与えてやったのだが。
 それでもなかなか交際できるような女性には恵まれなかった。
 しようがないということで……。
 妹の静香を紹介してやったのだ。
 デートとかもこちらでセッティングしてやったものだった。
 それで、どうやら一目惚れしてしまったらしい。
 ある日突然に、
「静香さんと結婚させてくれ」
 と告白したのだった。
 そして今日の日を迎えた。

「場所を変えない?」
 計画の第一段は無事に済んだ。
 次は第二段である。
 本当ならここからホテルへ誘い込んで……。
 と行きたいが、この雪だ。
 俊彦の車のタイヤはノーマルだし、タイヤチェーンも積んでいなかったはずだ。
 下手すりゃ、帰るに帰れなくなって、ホテルに缶詰状態になってしまう。
「あなたの家、見てみたいわ」
 俊彦はアパートの一人住まいである。
 家族とかの心配をする必要はない。
「この雪だし、帰れなくなるよ。タイヤチェーン持ってないんだ」
「明日は日曜日じゃない。休みなんでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
 言葉の意味をしばらく考えているみたいだった。
 明確にいえば、今夜は泊まっていくわ。
 と言っているのである。
 これが判らないほどの馬鹿ではないだろう。
「一人暮らしだろう? 恥ずかしいくらいに、散らかっているんだ」
「気にしないわ。男の人ならしようがないじゃない。結婚しようという男性の独身時
代の状況を知っておくのも、今後の参考になるでしょう?」
「そ、そうかな……」

 ともかくも席を立って喫茶店を出る。
 雪の降り方はさらに勢いを増していた。
 本降りだ。
「今夜は積もるわね」
 何気なく呟いてみせる。
「そ、そうだね」
 それから駐車場へと向かう。
 俊彦の愛車はごく普通の軽自動車だ。
 以前の俊彦は車検の度に車を、それもガソリンを馬鹿食いする外車を次々と買い換
えていたが、静香と交際するようになってからは、燃費が良く車検なども安いこの軽
自動車に乗り換えて、その後はずっとこの車を乗り続けている。
 もちろん指輪を買うためである。
 結婚式のための貯金もはじめていた。
 だから遊ぶための資金はほとんどゼロに近かった。車を買い換える余裕などない。
 それだけ真剣に静香との結婚を考えているからだ。

 車に乗って俊彦のアパートへと一路向かう。
 途中でガソリンスタンドに立ち寄った。
 タイヤチェーンを買うためである。
 それに雪道はやたらと燃料を消費する。
 明日は日曜日で車を使わなくても、翌月曜日には裏道はアイスバーン状態となって
いるはずだ。
 念のためにも満タンにしておこうというつもりだろう。

「失礼します。灰皿はよろしいですか?」
 俊彦はヘビースモーカーである。
 車に備え付けの灰皿は吸殻で一杯になっていた。
 こりゃまあ……。煙草の本数を減らすように言っておいた方がいいな。
「お願いします」
 灰皿を外してスタンドマンに渡す。
 灰皿を外している最中にも、スタンドマンの視線が、ミニのタイトスカートから覗
く太ももに注がれているのが判った。
「窓をお拭きします」
 スタンドマンが窓ガラスを拭き始めたが、あいも変わらず時折ちらちらと足元を見
ている。
(まあ、気持ちは判るけどね)
 叱り付けてやろうかとも思ったが、スタンドでアルバイトしたこともあって、その
大変さは身に沁みているので、許してやろうと思う。
 やがて俊彦が運転席に戻ってくる。
「だめだったよ。タイヤチェーンを買おうとしたんだけど、売り切れた後だった」
「仕方がないわね」
 当たり前だよ。雪が積もりそうなんだから、持っていない誰もがチェーンを買いに
くるさ。
「温かいコーヒーを買ってきた」
 と缶コーヒーを手渡してくれる。
「あったかい!」
 暖房の効いた車内は乾燥して喉が渇く。
 温かいことよりも水分が補給できるほうがありがたかった。

 そうこうするうちに俊彦のアパートのそばの駐車場にたどり着く。
 駐車場に車を停め、アパートへ向かう。
 あいも変わらず雪は降り続けている。
 空を仰いで、
「この様子じゃ、一晩中降り続けるみたい……」
 と呟くように言う静香。
「そうだね……」
 もちろんその意味が判らない俊彦ではないだろう。
 階段を昇って俊彦の部屋へ。
 

つづく
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