部屋に上がる。
意外ときれいにかたずけられていた。
そうそう、それでいいんだ。
静香とデートするようになってから、忠告してやったんだ。
「いつどこで自宅に誘うような事態になるかも知れないだろう。その時のために、部
屋は常にきれいにしておけ、家に帰ったら必ず窓を開けて換気しろ。部屋に入ったと
たん、散らかりっぱなしで異臭を放っているなんて状態だったら、普通の女だったら、
一発で振られるぞ。それから布団も毎日上げ下ろしして日曜日には日に当てて乾燥さ
せろ。そしてデートの日には、清潔な状態で敷いておくんだ。部屋に入ったら布団が
敷いてあるのが目に入るというシチュエーションが大切だ。やろうしてから布団を敷
くのは、いかにもという感じで興ざめしてしまうだろう? 間違っても布団を敷かず
に畳の上でやるなよ。下になって男の重い体重でのしかかられて長時間していたら、
女は背中が痛くてしようがないだろう?」
とまあ……いろいろとレクチャーしたのだった。
「静香さん!」
いきなり覆いかぶさってきた。
おおっと、これは反則だよ。
「ちょ、ちょっと待って」
「ごめん。もう我慢できないんだ。結婚するんだから、いいよね」
好きな女性から誘われたら、男なら誰だってその気にならないはずはない。
喫茶店からここまでの間、ずっとはやる気持ちを押さえ続けていたに違いない。
そして部屋にたどり着いて、理性のタガが外れてしまったというところであろう。
「ああ、静香。好きだ!」
誘ったのはこちらである。
抵抗するにはおよばない。
俊彦に着ている服を次々と脱がされていく。
まあ、いいか……。
それにしても……。
女の快感って、どんなものかな……。
男なら射精すれば誰でも100%と言ってもいいくらいの快感がある。
それだからこそ、男は女を求める。
そして結果としての子孫繁栄に貢献? しているのである。
女はどうなのだろうか?
良く気絶して果てるなんてAVとかがあるが本当なのだろうか?
…………。
ああ、もうどうでもいいや。
考えたって判るものか。
あ!
コンドームを忘れているぞ。
こいつがコンドームを持っているわけないしな。
危険日じゃないだろうな?
生理日がいつだったかも判るはずもないし……。
下手すりゃ妊娠するかも知れないな。
今更中止するわけにもいない。
もちろん買いに行くなんて馬鹿なことしてるわけにもいかんぞ。
男はやってしまえば後は野となれ山となれだ。
しかし女は……。
終わってからが問題なのだ。
女には常に妊娠という問題に直面する。
女になってそうそうの、はじめて直面する問題だった。
どうする、どうする?
ええい!
構うものか。
どうせ結婚するんだ。
子供ができてもいいじゃないか。
静香を俊彦と結ばせておくにはその方が好都合かもしれない。
できちゃったら、別れるに別れられないだろう?
しかし本当に元の身体に戻れるのか?
一生この静香のままでいることもありうるんだぞ。
しようがない。
その時はその時だ。
自分がまいた種は、自分で刈り取るしかない。
最後まで面倒みるしかないだろう。
こいつの妻として、そして母親として生きるのも運命かもしれないじゃないか。
静香との結婚の条件に、
「いいか。静香はやる。しかし共働きしなければならない生活状況はだめだぞ。専業
主婦として働かずに育児に専念できるような収入を確保しろ。それができないなら静
香はやれないぞ」
というものを出したが、きっぱりと答えたものな。
「絶対に静香さんを幸せにしてやります。共働きはさせません!」
俊彦の性格は知り尽くしているから、嘘をついているとは思えなかった。
なんて考えているうちに……。
とうとう全部脱がされていた。
「静香、いいんだよね」
考えてもしようがない。
この際だ。
とことん、女を味わってみようじゃないか。
「ええ……」
こっくりと頷いてみせる。
やがてゆっくりと俊彦が重なってくる。
「ちょっと! 待ったあ!!」
突然。
玄関の方で叫び声がした。
なんだ?
声のした方を見やると……。
「お兄ちゃん! なにやってるのよ」
そこには息を荒げた重雄が立っていたのである。
いや違った。
重雄の姿をした、たぶん……静香なのだろう。
鍵を掛けていなかったのか?
俊彦のどあほう!
これから、しようという時に……。
鍵ぐらい掛けておけよ。
「あたしが気絶しているのをいいことに、好き勝手なことされたらたまらないわ」
「お、おまえ。自分がどういう状況なのか判っているのか?」
「判りすぎるくらいに判っているわよ。お兄ちゃんとあたしが入れ替わってしまった
ことをね」
「し、しかし。どうやって、ここが判ったのだ。知らないはずだろう」
「それくらい、判るわよ。元々その身体はあたしのもの。意識を集中すれば、どこで
何をしているか判るのよ。テレパシーね。それをたどってここを嗅ぎつけたわけよ」
「嘘を言うな。それだったら、俺にだっておまえのことが判ってもいいだろう。後を
付けている事など、少しも感じなかったぞ」
「それはお兄ちゃんが、こんな風なよこしまな気持ちを抱いていたからよ」
それもそうかも知れない。
静香は精神集中して自分の身体のことを念じていたのに、こっちは俊彦とやること
ばかりしか考えていなかった。
その違いが現れたようである。
「とにかく、あたしの身体を返してよ」
と言われてもなあ……。
階段から転げ落ちてこうなってしまったのだ。
性転換機とかで精神を入れ替えたと言うのなら元に戻せるかも知れないが、奇跡と
いうか偶然だったのだ。
返せと言われても手段が判るはずもない。
正直に訳を話して聞かせてやる。
「ほ、本当に知らないの? お兄ちゃんが何かして、入れ替わったんじゃないの?」
「知るわけないだろ」
「性転換薬とかを飲ませたのじゃないの?」
「そんな便利なものがあったら、製薬会社を起こして一儲けしているよ」
「ほんとに偶然なの?」
「何度も言わせるなよ」
「じゃあ、じゃあ。一生、このままということもある?」
「十分ありうるな」
「お兄ちゃんはなんとも思わないの?」
「なってしまったものはしようがないしなあ……。俊彦と結婚できるならそれもいい
かも知れないと考えていたところだ」
「そ、そんなこと……」
おっと、俊彦の名前が出て、一人蚊帳の外にしていたことを忘れていた。
静香が来てしまった限りには、正直に話すしかないだろう。
その当の本人は……。
ぽかんと口を開けた状態で呆けていた。
「済まん、俊彦」
頭を下げて謝るしかなかった。
「わけを話してくれ。俺にはなにがなんだか、さっぱり訳が判らない」
そりゃそうだろうな。
いざこれならいいことをしようとしていた寸前に、兄である重雄こと本物の静香が
やってきて、入れ替わりだの身体を返せなどと口論をはじめたのだから。
訳を話して聞かせてやる。
「そうか……。今までの静香は、重雄だったのだ。どうりで……」
それだけ言うと、暗く押し黙ってしまった。
プロポーズを受け入れてくれて、その寸前までいったのが、実は親友である重雄の
策謀だった。
「す、済まない。本当に、悪かった。しかし、それもこれもおまえと静香の将来を思
ってのことだった」
すべては俊彦のためにやったこと。
それだけは信じてもらいたかった。
本当に悪気はなかったのだ。
しかし……。
俊彦を裏切り、その心を弄んでいたとも言えないだろう。
「悪いが、帰ってくれないか……」
重苦しい声で一言。
何をも拒絶する言葉だった。
これ以上、ここにいれば俊彦を苦しめるだけだ。
ともかく、しばらくは冷却期間を置くしかないだろう。
もしかしたら、これは永久の友との別れになるかも知れないが、すべては自分の責
任である。
「判った……」
床に散らばる下着やスーツを拾い集めて再び着込み、黙って俊彦の部屋を退出した。
言い訳はしない。
アパートの外。
静香(自分の身体)としばらく佇んだまま、俊彦の部屋を見つめていた。
「お兄ちゃん、どうするの?」
静香が聞いた。
「そうだな……。俊彦となるようになるしかないさ」
「そうじゃなくて、あたし達のことよ。元に戻れると思う?」
「判らないよ。入れ替わったのは、ほんとに奇跡なんだから」
「元に戻るまでは、あたしはお兄ちゃんに、お兄ちゃんはあたしとして生活するの?」
「それしかないだろう? 入れ替わったなんて誰も信じてはくれないさ。人はその姿
でしか物を見ないものだ。身体が男なら内面も男、女なら内面も女だ。無理に押し通
そうとすると精神異常だと判断されるぞ」
「ということは……。あたしはお兄ちゃんの会社で働かないといけないの?」
「そういうことになるな。俺は今日から女子大生だ」
「もうおにいちゃんの馬鹿!」
楽天的な兄に対して憤りをみせる妹だった。
しかし、それ以外に生きる道はなかった。
元に戻るまでは、それぞれがそれぞれの身体に相応しい生活を続けるしかないのだ。
(終章)
こうして数年の時が過ぎ去った。
あれから入れ替わりが解けて元に戻るかも知れないと思ったが……。
どうやら、静香は重雄として、重雄である自分は静香として生涯を生きていくこと
になったようだ。
もはや元には戻ることのできないであろう不可逆的な事態が発生したからだ。
妊娠したからだ。
あれから結局、俊彦はすべてを許してくれ、結婚してくれたからである。
幼馴染みであり無二の親友との交友を絶つことはできなかったようだ。
俊彦にとって静香という女性は、その心は無二の親友であり、その身体は恋焦がれ
た相手である。
見捨てるわけにはいかない。
そう考えたに違いない。
二人は結ばれ、そして静香の身体のままで妊娠した。
俊彦と静香の血の繋がった子供の存在は、まさしく「子はかすがい」であって、二
人の関係を解消することのできないことを決定的にした。
では、本当の静香である重雄はというと……。
最初は嫌がっていたが、会社で働くことにも慣れ、結構女性からももてることもあ
って、意外にもその生活をエンジョイしているようであった。
「一番は、何と言っても、生理から解放されたことだな。毎月毎月やってきて、生理
痛や頭痛に悩まされるし、身体は重くて毎朝起きるのが辛かったよ。便秘にもなるし
よ。今は、何もかもが快適だ。快食・快眠・快便だぜ。いつでもどこでも、立ちショ
ンができるしな。あははは!」
と、男言葉で、事も無げに言ってのける。
はまってるじゃなかいか。
こっちも専業主婦として、それなりに楽しい生活をしているけどね。
まあ、ともかく。
静香と重雄、そして俊彦と、それぞれがそれぞれに楽しく生きているよ。
これもまた、人生の一つだと思うよ。
ほんとに……。
完
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