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美奈の生活(11)/TS小説

 恵美子ちゃんと連れ立って学校へ行く。
 一応、女の子同士だから当たり前だけど、時おり男の子と一緒に歩いている女の子
を見ると、なんだか羨ましく感じることがある。
 ボクも素敵な男の子がいればいいなと思う。
 変に感じるかもしれないけど、ボクはれっきとした女の子の心を持っているんだから
当然じゃない?
 それにしても、いつもボクと一緒にいるけど、恵美子ちゃんは、好きな男の子はいな
いのかな……。
 恵美子ちゃんは、可愛いし気立てもやさしくて、素敵な女の子。
 ボクが本当の男の子だったら、ボーイフレンドとして立候補するんだけど……。
 あいにくとボクは女の子の心を持っているので、その気は起きないけどね。

 お昼休み。
 いつものように教室でお弁当を食べる。
 そして食後には女性ホルモン剤を飲む。
「ねえ、いつも薬を飲んでるけど、どこか悪いの?」
 心配そうに尋ねる恵美子ちゃん。
 まさか正直に答えられるわけがないから、
「ちょっと、低血圧ぎみだから……」
 と適当にごまかすしかないよね。
「ふうん……。大丈夫なの? 急に倒れたりしない?」
「うん、大丈夫だよ。心配しないで」

 やがて放課後となって下校となる。
 ボクは、健診とホルモン剤の処方のために赤心堂病院に行かなければならないので、
今日は恵美子ちゃんとは一緒に帰らない。
「また明日ね」
 別れの挨拶を交わして、病院のある川越駅へと向かう。

 病院までもうすぐというところで、携帯電話が鳴った。
 パパからだった。
「大変だ! ママが車に跳ねられて、救急車で病院に運ばれた! 大急ぎで埼玉医大
病院に来てくれ!!」
 え! 車に跳ねられた?
「タクシーを使って、すぐに来るんだ」
 声が上ずっていた。

 どうして……。
 そんな事……。

 ママが交通事故にあった?
 あのやさしいママが?

 頭が混乱していた。
「と、とにかく。急いで病院に行かなくちゃ」
 考えている余裕などないと思い、すぐさまタクシーを拾った。

 タクシーに乗り、埼玉医大へ着くまでの時間。
 果てしのない空虚な時間が過ぎていく。
 凍りついた時間。

 パパは何も言わなかったが、その口調から生死に関わる重大事故らしい事は伝わっ
てきた。
 思うことはママが無事であって欲しい。
 その一念だけだった。

 埼玉医大に到着する。
 玄関に静香さんが待ち受けていた。
 静香さんも、パパから連絡を受けたみたい。
 ボクは駆け寄って尋ねる。
「ママは?」
「美奈ちゃん……。とにかく病室に案内するわ。お父さんが待っているから、話はそ
の時に……」
 静香さんは答えてくれなかった。
 自分で話すよりも、パパの口から聞いて頂戴と言う表情だった。
 ボクは黙って頷くと、先に歩み始めた静香さんの後についていく。

 病室に到着するまでの間、静香さんは一言も口を開かなかった。
 きゅっと唇を噛みしめるように黙って先を行く。
 ママの容態に重大なことが起きていることは明らかだと思った。
 廊下を歩きながらも、心を落ち着かせるようにしつつも、ママが生きてあることを
祈っていた。

 やがて静香さんの足取りが止まった。

 そこは集中治療室(ICU)だった。
 急性の機能不全におちいった、あるいはその可能性がある患者を収容し、24時間体
制で集中的に治療・看護・管理を行い回復をはかる病室。人工呼吸器などの生命維持
装置につながれた患者を収容し、いかなる場合にも対処できるようICU専従医と主治
医グループ、看護師らが一丸となって24時間集中管理をしている。
 病室の前にパパが立ちすくしていた。
 以下に家族といえども、よぼどのことがない限り入室を許されていないからだと思
った。
「美奈……」
 そのパパが重苦しそうに口を開いた。
「美奈、今からパパの言うことを落ち着いて聞いてくれ」
「うん……」
 ボクは頷く。
 ここへ至るまでに、それなりの覚悟を決めていた。
 何を言われても、驚いたりしないと……。
「今更嘘を言ってもしようがないから、単刀直入に正直に話すよ。そのつもりで聞い
てくれ」
「判った……」
 ボクは頷く。
 他に言うべき言葉など浮かんではこない。
 パパはたんたんと話を続けていた。
「ママは、車に跳ねられて、コンクリートの道路に頭部を打ちつけたんだ。それで、
後頭部脳裂傷で脳死状態になった。回復の見込みはない」
 目の前が真っ暗になり、意識が薄れていく感じがした。
 覚悟をしていたとはいえ、やはり現実を突きつけられて、動揺を抑えることができ
なかったみたい。
「美奈ちゃん!」
 とっさに静香さんが、倒れそうになるボクの身体を支えてくれた。
「美奈ちゃん、大丈夫? そこのベンチに腰を下ろしましょうね」
 と介抱しながら、ベンチをすすめた。
 実際に立っていられるような状態ではなかったようだ。
 ボクは言われるままに、そばのベンチに腰を下ろした。
 そして……、
「う、嘘でしょう?」
 やっとの思いで言葉が出すことができた。
「本当だ。嘘じゃない。相手の車は、そのまま逃走してしまって、警察が行方を捜し
ている。目撃者によれば赤信号の交差点に入りブレーキも掛けずに、猛スビードのま
まで横断歩道を渡っていたママを跳ねたそうだ」
 ボクは身体が震えるくらいの怒りを覚えた。
 こういう状況の時、ひき逃げ犯はたいがいは酒酔い運転であることが多いそうだ。
 酒を飲んでいるから、警察に捕まれば酒酔い運転で一発免許取り消しの上に、【危
険運転致死罪】という重刑が待っている。一生を掛けても払いきれない損害賠償をも
背負うことにもなる。
 ここは一旦逃げてしまって、十分な時間を取って酒が完全に抜けてから自首すれば、
酒酔い状態だった事を証明することは困難だし、自首したということで情状酌量、刑
は軽くなるという次第である。
 いわゆる【酒酔い逃げ得】ということがドライバーの間での常識。【飲むなら乗る
な、乗るなら飲むな】を守る酒飲みドライバーは存在せず死語となっている。

 パパの話は続いている。
「それで、ママは生前から脳死における臓器提供意思カードの登録をしていたので、
その意思を尊重して脳死臓器移植の手続きを進めている」
「臓器移植?」
「そうだ。このまま放っておけば心臓も止まって完全に亡くなってしまうんだ。そう
ならない前に、生きた臓器を移植を希望している患者の下へ届ける」

 ママが臓器提供意思カードを……。

 まったく知らなかった。
 そして今、その意思に従って臓器移植の手続きがはじめられた……。

「ここからが一番大切なことだが……。ママの臓器の一部を美奈にも移植する手はず
となるはずだ」
「ボクに移植する? どういうことなの?」
 ボクに移植すると言われても、健康そのもので移植を必要とすることは何一つない。
 まるで合点がいかなかった。
 パパは、ボクの疑問に答えるように静かに言葉を続けた。
「正確には、子宮や膣そして卵巣といったもっとも女性である部分の臓器だよ。それ
を移植して、美奈は本当の女性に生まれ変わるんだ」
「そんな事ができるの?」
「ああ……。ママは今日のこの日が起きることを想定して、以前から自分の臓器を美
奈に移植することを考えていた。そして、移植に関わる免疫関連のヒト白血球抗原
(HLA)とかの諸々の検査を、自分と美奈の両方について調べていたんだ」
「ボクの免疫……も検査していたの?」
「そうだよ。こっそりと知られないようにね。美奈は女性ホルモンの投与を続けてい
るから、定期的に血液検査とかしていただろう。その機会を利用してHLAとかの検
査を依頼していたらしい」
「どうだったの?」
「完全に一致した。ママと美奈は免疫的に、移植に際してはほとんど障害も起きない
だろうとの結果が出ている」
「それでママは移植を……」
「自分が助からないなら、自分の臓器を美奈にあげようと考えたんだ」
「そんな……」

 ふと、思い出したことがあった。
 ママは以前に、
『ママが死ぬことがあったら、ママの臓器を美奈ちゃんにあげるわね』
 と、言葉にならない小さな声で語りかけたことがあった。
 その時は、冗談だと思って気にもとめていなかったが。
 まさか、それが今日の脳死による臓器移植のことだったとは……。
『美奈を本当の女の子にしてあげること。』
 それがママの常日頃から思い続けてきたことだったに違いない。
『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン - 第2版 -』
 にそって、法律的に女性に認められるための手続きを進めてくれていた。
 カウンセリング、セカンドオピニオンなど等、診療機関や法的機関をあしげく訪問
し、性転換手術に向かっての準備をすすめてくれていた。

 そのママの希望がこんな形となって実現することになるとは……。

 それ以上、言葉をつなぐことができなかった。
 言いようのない嗚咽感が湧き上がり、涙がとめどもなくあふれた。


つづく
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